マニピュレーションの知能 - モデルを用いたロボットの作業計画

緒言

 従来ロボットの運動学では、ロボット内部のリンク機構の研究が中心であった。一方、把握や組立作業に代表されるマニピュレーションの分野では、ロボットが操作する対象物の運動を理解することが、中心的な課題とされている。特に物体との機械的な接触によって拘束される物体の運動の理解は、把握や組立作業などの計画・制御問題に不可欠である。対象物の運動学的特性にもとづいて作業を計画すれば、より高度な作業の実現が期待できる。
 マニピュレーションにおいてロボットは、物体との機械的な接触を通して、物体の運動を拘束し制御する。たとえば、ロボットハンドによる物体の把握においては、ロボットハンドの指を対象物に接触させ、対象物の運動を拘束することにより把握を行う。組立作業においては、部品の位置や姿勢の不確定性に対処するため、組立部品を相手部品に接触させ、接触面を参照面にして案内を行う。したがってマニピュレーションにおいては、接触によって拘束を受ける物体の運動を理解し、作業の計画や制御を行うことが基本となる。
 ロボットアームのリンク機構では、ある方向の運動が拘束されているならば、その反対方向の運動も拘束されている。すなわち両側拘束であり、リンク機構の運動は、ある等式によって記述される。一方、ロボットと対象物の機械的な接触による拘束は、一方向にのみ拘束を与えるもので、反対方向には非接触となって拘束を与えない。すなわち片側拘束であり、物体の運動は、不等式によって記述される。たとえば、Asada らは、部品を幾何学的に固定できる条件、および部品をフィクスチャーの位置まで案内できる条件を、不等式で表した。Rajan らは、摩擦のある接触を行う平面物体の運動を解析し、あるパターンの運動を行うために必要な力とモーメントの集合を、不等式を用いて表した。また高瀬らは、環境拘束による運動の強制停止問題を解き、瞬間回転中心がある種の不等式で表される領域内にあるとき、強制停止が可能なことを示した。
 ロボットの作業を計画するためには、操作する対象物の運動を記述した、これらの不等式を扱う必要がある。しかしながら不等式は、等式とくらべると、その扱いが難しく複雑になりやすい。そこで本論文では、まず、対象物の運動を記述した不等式が、一般にどのような形式で表されるかを明らかにした後、不等式条件を統一的に扱う数学的ツールとして、Goldmanらによる凸多面錐の理論を導入する。さらに、不等式条件を計算機上で評価し、作業計画を行うときに有用な、凸多面錐の演算・判定アルゴリズムを構築する。最後にこれらの理論および演算・判定アルゴリズムを、把握や組立に関する作業計画問題へ応用し、簡単な計算例を示す。

結言

 操作対象物の運動を不等式によって記述し、この基礎不等式にもとづいて作業計画や制御を行うための数学的ツールとして、凸多面錐の理論を導入し、凸多面錐の演算・判定アルゴリズムを構築した。
 把握や組立作業に代表されるマニピュレーションにおいてロボットは、物体どうしの機械的な接触を通して対象物の操作を行う。本論文ではまず、機械的な接触による操作対象物の運動の拘束が、不等式によって記述されることを示し、その一般的な形式を導いた。次に、このような形式の不等式条件を扱うための数学的ツールとして、凸多面錐の理論を導入した。作業の計画や制御の問題では、凸多面錐のさまざまな演算や判定を行う必要がある。そこで凸多面錐の演算・判定アルゴリズムを構築し、計算機を利用した把握や組立に関する作業計画問題へ応用した。
 マニピュレーションにおける微小運動学ならびに準静力学の問題は、把握や組立作業の計画・制御問題の基礎になる。したがって、本論文で提案した凸多面錐理論を用いたマニピュレーションの運動学は、把握や組立作業に代表されるマニピュレーションの作業計画や制御問題への、はばひろい応用が期待される。